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昭和感が色濃く残る、歴史ある町で「見て、学んで、湯に入って」

2021/12/23

「お伊勢参り」を初めて知ったのは、小学生時代に読んだ歴史マンガでした。大人になってからも歴史好きは変わらず、古い町や建物を探して散歩したり、写真を撮ったりするのが趣味です。 先日、伊勢神宮めぐりのため電動アシスト自転車をレンタルし、伊勢市駅周辺を散策することに。今回はザ・観光地ではなく、より日常生活を感じさせる場所を探してみました。 ○昭和な街並みに癒やされる 観光ガイドによると、かつて「伊勢の台所」と呼ばれた「河崎」という川沿いのエリアがあるそうです。調べたところ伊勢市駅から徒歩で15分程度、自転車では5~6分で着けそう。ちょっと行ってみましょう。 同地区は江戸時代、勢多川の水運を利用した問屋街として発展したようです。戦後は陸上運輸が主流となったので問屋街としての役目を終え、今は残った町屋や蔵を活用した名所として人気だとか。 自転車をこぎ出しますが、この辺りは昭和な雰囲気も色濃く残していて、オジサンはつい街並みに目がいきます。 ふと気になったのが、多くの一軒家の玄関に「しめ飾り」が掛けられていること。まだ年末には早いよねー、と思いつつ見ていると、見知ったそれと違いがあリます。文字が書かれた木札があるのです。 多くの家が掛けているので、決して「外し忘れた」ものではなく、あえてだと思います。 ○伊勢市周辺は「しめ縄」を一年中掛ける あまり見たことがない風習なので調べてみると、三重県総合博物館のサイトで「伊勢地域の『しめ縄』」として解説されていました。以下、一部を引用します。 しめ縄は伊勢地域で一年中民家の玄関に掛けられていたもので、通称伊勢型と呼ばれる物です。その材料は藁、植物、板等で地元に見られる物です。藁はその年の稲穂が出る前の青い時期に刈り取ったものを乾燥させ、大根のように太く三つ編みで左縄にし、前垂を付けて中心部を作るのが特徴。 なお、しめ飾りは「しめ縄」を縁起物で飾り付けたものと一般的にいわれています。 もう少し由来などを知るため、同博物館の学芸員で古代史・民俗(民具)を専門とする宇河雅之(うかわ・まさゆき)さんに、後日話をお聞きしました。 ――しめ縄を一年中掛けるようになった時期や理由は何でしょうか。 宇河さん: ハッキリした時期は分かりませんが、江戸時代の終わり頃だと思います。それ以前の絵などでは、そうした風習が描かれていないからです。また理由ですが、牛頭天王(ごずてんのう)が関わってきます。 牛頭天王は「疫病に効く」と絶大な信仰を集めた、牛の頭に人の体を持つ異形の神。京都祇園の八坂神社の祭神としても知られていますね。 ――牛頭天王としめ縄が、なぜ関係しているのでしょう。 宇河さん: 牛頭天王の説話『備後国風土記(びんごのくにふどき)』に登場する、蘇民将来(そみんしょうらい)という人物がいます。彼に一夜の宿を提供された牛頭天王は、その御礼として「『蘇民将来之子孫也』と書いた木の札があれば、疫病におそわれない」と約束したのです。そのエピソードにあやかり、「木札を付けた」しめ縄を掛けているのです。 確かに、木札の文字をよく見てみると、「蘇民将来之子孫家」と書かれていますね。先ほどの写真、木札を中心に拡大したところ、画質が悪いですが読み取れます。 ――では「笑門」の由来は何でしょう。笑う門には福来るとか? 宇河さん: それは「蘇民将来」の短縮形なんです。本来は「将門」となるべきですが、それだと具合がよくないのですね(笑)。 これはピンと来ました。平将門! 日本三大怨霊の一人、確かによろしくないですね。だから当て字で「笑門」になったのだそうです。 こうした「地域ならではのエピソード」を学べるのはいいですね。徒歩や自転車での散策の醍醐味と言える気がします(雑。 ○日本で最初の紙幣 そうこうしていると、少し建物の雰囲気が変わってきました。どうやら河崎地区に着いたようです。 あてなく歩き回っていると、「伊勢河崎商人館」という施設がありました。元々は小川酒店という酒問屋の商家で、江戸・明治時代に建築された蔵7棟、町屋2棟などからなり、2001年には国の登録有形文化財に登録されています。 「入館料」(350円/大人)を支払えば中を見学できるので、せっかくの機会と思い入ってみることに。 偶々なのか、人が少ないこともあり、建物内は「時間が止まった」感覚。ゆったりとした雰囲気の中、存分に空間を満喫できました。畳敷き、中庭に面した縁側、通り土間などが、より強く止まった感をもたらしてくれますよ。 そして奥にある蔵ですが、一つはイベント、ギャラリーなどの多目的スペースで、もう一つは伊勢と河崎の歴史や文化の資料を展示しています。 中をのぞいたところ、日本で最初の紙幣と言われている「山田羽書(はがき)」が展示。江戸時代初期に生まれたとされるこの紙幣、個人の手形的なものが次第に紙幣の形態を整え、独自の通貨紙幣が生み出されたそうです。 参考までに、三重県公式サイトの「県史あれこれ」では、以下のように説明されています。 当時、関西地域では大型の貨幣が使われていましたが、それは嵩む上に重く、不便でした。そこで、17世紀のはじめごろ、伊勢山田の商人たちは貨幣の代わりに金額を紙に書き、預かり手形として発行するようになりました。これが山田羽書の始まりと言われています。 明治4年に使われなくなったという山田羽書。伊勢市の歴史的・経済的な力を改めて感じさせますねー。先ほどのしめ縄といい、伊勢市の歴史を学ぶよい機会でした。歴史好きの方であれば、もっと詳しく調べたくなるテーマでしょう。 ○銭湯で非日常を味わう 続いて次の目的地ですが、実は「河崎まちあるき案内図」で気になる場所があったのです。それは銭湯! 昭和のオジサンからすると「なじみ深い、懐かしい場所」となります。 残念ながら、都心部では数が少なくなっている銭湯ですが、伊勢市駅周辺には幾つか営業しているお風呂屋さんが、まだまだあるようです。ふらふら自転車をこいでいると、川沿いにも一軒ありました。 日が高い時間から銭湯とは、なんて贅沢でしょう。若干、後ろめたさを感じつつ「仕事。これは仕事だ」と自分に言い聞かせながら入ります。 こちらの「錦水湯」さん、三重県公衆浴場業生活衛生同業組合が運営するサイトでは、 創業は大正13年の老舗。常連さんをはじめ、朝熊ヶ岳への登山客も足を運ぶ人気の銭湯ですが、「あえて新しいことをするよりも、銭湯の元々もっているコミュニケーションを大切にしたい」と、ご主人のスタンスはいたってシンプルです。 と説明されています。実際、特別感はなく昔ながらのお風呂屋さんです。 「だがそれがいい」 早い時間ということもあり、入浴客はリタイア組と思われるお爺さんが2人ほど。ほぼ貸し切りのような感覚で湯船に漬かります。 浴場はよくある「富士山」の壁画などなく、少し幾何学模様が描かれているだけのシンプルな内装。その代わり、室内スピーカーから演歌が流れています。これは珍しい気がしました。 歌声に浸りつつ、熱い湯でリフレッシュしていると、浴槽の角にあるリアルなペンギンの彫像に気付きました。ペンギンの目線の先には、皇帝ペンギンというより、トドのような体躯のお爺さんが湯船でリラックス。そこへ「こぶしの利いた」演歌が、非日常感を強調しますねー。 定番の観光コースではありませんが、いろいろ見所が多く、また、自転車だと自分のスケジュール感で動けるので、ゆっくりとした旅を楽しめたと思います。 何よりも、伊勢近辺に住む方々の独自の風習を知ることができたのが貴重な経験だと言えます。銭湯は違うでしょうが(笑。 現地を回りながら「自分だけの小さなツアー」は非常によいものだと思った伊勢への旅でした。 

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提供:マイナビニュース

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